ここは昭和55年(1980)までNHK教育で放送されていた「みんなの科学・たのしい実験室」を懐かしむホームページです。当時のメモをもとに番組の放送内容を紹介します。

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このホームページを見ていただいた方へ
あの番組を見ていた方が,「あ〜・これだこれだ! これ作ったんだよな」などと古い記憶を呼び戻し,懐かしく想いだしていただければ,私はうれしいです。
もし,このホームページ上の情報の補足や誤り等,お教え願えれば幸いです。
(1999.10.06 Nishi)

ウゥブサイト開設後,おかげさまで多くの方々から資料を頂戴いたしました。熱心な番組ファンのみならず,なんと元・実験グループのメンバー,番組制作の関係者,さらには番組終了時に司会をされていた安井先生からも掲示板に書き込みをいただきました。感激の極みです!

また資料の種類もメモのみならず,録音テープ・ビデオ・ファンクラブ会報・放送台本・絶版の書籍など多岐に渡っています。
皆さまのご厚意は感謝に堪えません。ありがとうございます!
一方で,せっかくいただいた資料の整理,サイトでのご紹介は管理者の怠惰のせいで遅々として進んでおりません。大変申し訳ありません。
アップされていない事でお知りになりたい事ありましたら,どうぞご遠慮なくお尋ねください。わかる限りの事はお答えいたします。
(2005.11.06 Nishi)
| admin | comments(18) | trackbacks(0) | ●みんなの科学について
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昭和43年(か44年)の12月の印刷機、当時小学生で友人と番組を見て作ったような気がします。今のコピーやレーザープリンタと同じ原理の静電印刷機でした。松脂に粉絵の具を混ぜて加熱して溶かして混ぜて、冷えたものを砕いてすり潰してトナーを作ります。ガーゼのような目の粗い布に糊で絵を描いて、シルクスクリーンみたいな版を作ります。目が潰れていないところをトナーが通過します。スクリーンの上に乗せたトナーと用紙の間に高電圧(数百から数千ボルト?)がかかるようにして、静電力でトナーが紙へ飛ぶようにします。その後、用紙をあぶって松脂を溶かして定着させます。
私たちは見事に失敗しました。今考えると、トナーが十分に細かくすりつぶせなかったのと、電圧が足りなかった(真空管ラジオの200ボルトを利用)だったかな、と思います。
| kawakami | 2012/05/07 8:18 PM |
管理者の承認待ちコメントです。
| - | 2009/12/03 10:50 PM |
takusanさん>
コメントありがとうございます。
エピソードというのは,リニアモーターカーの件でしょうか?
現在なお解明されてないナゾです。おそらく原因はわたくしの記憶違いだと思います。
それでも,たのしい実験室の他の多くの記憶は今でも鮮明です。それだけ影響の大きい番組でした。
| Nishi(管理人) | 2009/11/17 12:31 PM |
「楽しい実験室」の番組担当だったAさんにあいました。
ファンクラブ、同窓会のことを話しましたところ、面白がっていました。
番組表に出ていたことと、実際に放送された内容が違っていたエピソードのことも聞きました。なぜでしょうね。
彼は「実験室」の放送内容の大半は記憶しています。
管理人さんとAさんが一度お会いできたら・・・
しかし、Aさんはアナログ人間。パソコンナシ。
なお、私はアヤシイものではありません。もとAさんと同僚ですが、残念ながら「実験室」とは無縁でした。
| takusan | 2009/11/17 11:24 AM |
管理者の承認待ちコメントです。
| - | 2009/11/16 1:34 PM |
> 科学好きさん
コメントありがとうございます。
私も宮崎緑さんが出演されたのを見た記憶があります。
確か月曜の技術のあゆみか,金曜の話題をさぐるでした。確か以前掲示板での指摘もあったと思いますので,間違いないと思います。ただセーラー服姿であったか???
| Nishi | 2007/05/23 7:45 PM |
はじめまして 
私の記憶違いかもしれませんが
「みんなの科学」にセーラー服姿(高校生?)の
宮崎緑さんが出ていたとおもいますが どうでしょう?
後にニュースキャスターになったので その当時から
NHKと関係があったのでしょうか
| 科学好き | 2007/05/23 7:34 PM |
中尾さん,いつもながら大量の情報提供ありがとうございます。
「電子温度計」昭和41年ですでに半導体を使った実験だったんですね。意外に早いなぁという印象です。
「回転数を測る」レコードプレーヤーの回転数表示は懐かしいですね。電灯線の50Hzなり60Hzなりの周波数を利用したのは,誰が考えたのか本当に面白いアイデアです。

いただいた情報は,また折を見て各記事のエントリへ転載させていただこうと思います。
※レス遅くなり申し訳ありません。
| 管理人(Nishi) | 2007/04/15 9:36 PM |
Nishiさん今晩わ。久しぶりに、訪問しにきました。
多くの方から情報が届き、内容が充実してきたことに、私も喜ばしく思います。
その後、私自身のうろ覚えの記憶や記憶間違いなどがあったので、ふたたびコメントを加えます。

41年1月「電子温度計」は、おそらくサーミスターを使った温度計の紹介だったように思います。当時、学研の「○年の科学」などでもサーミスターを使った温度計キットの付録があり、小学生でも簡単な工作で電子温度計が作れたように思います。

学研の付録といえば、酵母菌を使った「パン作り」キットや「えのきたけ栽培」キットなどもあり、「みんなの科学」の内容と良く似ていた企画を持っていました。

43年1月「回転数を測る」は、ストロボライトの閃光時間によるレコードプレーヤーの側縁ストライプの停止観測から、回転数を求める方法を応用したものではなかったかと思います。計測目的とする回転体にアルミシールなどの銀紙を貼り付けて回転させ、ストロボライトの選考時間を変えながら、目視上停止した時の閃光時間から回転数を求めていたように思います。これは、NHK総合の科学番組であった「四つの目」などでも時々紹介していたように思います。

43年11月「電気で書く」は、電気ペンの実験ではなかったかと思います。でんぷんとヨウ化カリウム液を紙にしみこませたものにを、電極板と電気針に電池をつなぎ、紙を電極版の上において、その上から通電した電気ペンで文字を書くと、電気分解によって生成したヨウ素がでんぷんと青色反応を起こし、文字になる仕掛けかと思います。

45年4月「水の中の箱庭」については、イオンツリー(銀樹や銅樹による)の内容ではなかったかと思いますが、確信はありません。

46年6月「プラスチックのめっき」は、真空蒸着法によるめっきの紹介ではなかったかと思います。プラスチック以外にも、色々な材料にめっきする方法を紹介していたように思います。

「ぴかぴか通信機」については、モールス信号の通話ではなく、実際に会話を通話していました。マイクから拾った音声を電気信号に変え、音声変調回路に発光回路を組み合わせて発信し、それをCdSで受光し音声信号に戻して会話を行っていました。

他に、爆発や燃焼の実験として、小麦粉の粉末爆発を実験していたことがありました。小麦粉のふるい器を使って小麦粉を細かく飛散させたものにろうそくで火をつけて爆発現象が起きることを実験していました。(今ではとても危険で放送できないような内容ではありましたが…)
また、超高圧水による包丁の切断実験なども紹介していました(当然、スタジオ内の実験ではありませんが…)

全天カメラについては、丸底フラスコに写った風景を写真に取る方法も紹介されていたように思います。(追加情報)

初期のアシスタントは、渡辺ふみ子さんではなく、渡辺芙美代さん(この字が正確かどうかは定かではありませんが…)でした。

また、当時の実験についてにのメモや記録は持っていませんが、講談社ブルーバックスNo.B725「ハテナ?ナルホド実験室」の内容の一部は「たのしい実験室」の一部の内容と良く似ていますので、参考までお知らせします。
| 中尾 稔 | 2007/04/07 11:26 PM |
> 古田克さん

はじめまして。ご丁寧にコメントありがとうございます。
わたしが,たのしい実験室を見始めたのはS46頃からですので,残念ながらS42の放送は拝見しておりません。
しかし,科学方面の職業に進む事ができたのもこの番組の放送による事が大きく,関係者の方には感謝に堪えません。今ではせめてもの恩返しと,立場変わって機会あるごとに子供向けに科学の楽しさを伝えています。
さて「電子発光板」はどのような実験だったのでしょうか。大変興味があります。お手すきのときでも概要お教えいただければ幸いです。

| Nishi | 2006/09/19 8:54 PM |
管理者の承認待ちコメントです。
| - | 2006/09/18 5:02 PM |
 みんなの科学・たのしい実験室

昭和42年12月放送の「電子発光板」に出演した当人です。甥の仕事上の論文を調べていて、ついでに自分の名前でも検索してみました。出てきました。「たのしい実験室」。
 順次開いて見て、このホームページにたどり着きました。38年も前の記憶を思い起こさせていただきほんとに、ほんとにありがとうございました。
 発端は「科学の実験」誌(vol.18,no.8 1967-7)への投稿記事。教育テレビの田中良克さまから、TV出演のお話があり、実現しました。当時の渋谷 NHK放送センターでの録画、リハーサルなど塚越アナに事前に目線などの指導を受け、貴重な経験をさせていただきました。
 放送後の視聴者からの直接問い合わせも多く、回答に大忙しだったことを思い出します。
 出演者サイドの思い出も、かなり強烈に残ってます。当時の台本も記念に残してあります。
 また、メールします。
 
| 古田 克 | 2006/09/18 5:00 PM |
ひよこぴよさん・はじめまして。コメントお寄せいただきありがとうございます。
幼稚園で「NHK通信高校講座」をご覧になっていたとはすごいですね。もっとも,番組の前半くらいまでは高校講座といってもわりと平易な内容でしたので,私も小学校高学年のころには良く見ていた記憶があります。
今は電気関係というと,どうしてもコンピューター関係の事がメインになってしまいますが,私も今になって「電子工学」は面白いなと思います。
| Nishi | 2006/07/27 7:11 PM |
「みんなの科学」大変懐かしいです。
私は1956年12月 名古屋生まれです。幼児期から天文・地理・気象・電気が好きで、テレビは1962年ごろ我家に来ましたから、その当時は幼稚園児でしたが「NHK通信高校講座」を見ていました。

「みんなの科学」はいつ頃気がついたか不詳ですが、小学6年(1969)には既に見ていました。高校3年(工業高校・電子工学科)まで見てましたが、翌年1975/4日本電信電話公社に入社、帰宅時刻からしてその頃からテレビが見られなくなりました。

「みんなの科学」のおかげで電子工学の道に進み、通信の世界に就職できたと思っています。去年、病気で退職しましたけれど、現在も理工学書を毎日読んでいます。
| ひよこぴよ | 2006/07/23 9:18 PM |
中尾さん,さらに情報提供ありがとうございます。
せっかくですので前回のも含めまして,本文の方に再録させていただこうと思います。
繰り返しの放送の件ですが,確かに何回か繰り返しのものがありますね。ライントレーサーなどもそうですね。時代によってトランジスタがICに変わっていくのも面白いところです。
また,見るほうもビデオなど無い時代なので,見逃した番組をまた来年も取り上げるのではないかと,まことに気長なものでした。
| Nishi | 2006/07/15 7:47 PM |
追加情報として、下に記しました。

46年分の七色眼鏡
 これは回折格子を使用して光の分散を回折したものです。
 回折格子は、鳥の羽毛でも出来ますが、番組ではA0サイズの方眼紙に1mm間隔で線を引き、これを35mm白黒フィルムで撮影したものを使用していました。丁度IC原版を作る方法に似ています。
 光の分散としては、プリズムなどは知っていましたが、回折格子と言うものがあることをこの番組で始めて知りました。また、分散光の色の並び方が、プリズムとは逆方向になるとの解説がありました。

45年分の擬餌針
 これはルアー釣り用の針をスプーンなどで作ったものです。作成したルアーを摂津峡(だったと思う)で実際に川魚を釣っていました。

43年分の全天カメラ
 これは魚眼レンズを用いて、180°の角度を写し取ろうとしていました。番組では魚眼レンズの代わりに、玄関ドアミラーをレンズキャプに取り付けたものを用いて撮影していました。写真は丸く180°に、魚眼レンズで撮ったように展開された景色が取れていたものを紹介していました。

43年分の灰で燃やす
 これは最初に普通の角砂糖をアシスタントに渡し、マッチで燃やしてくださいと言って、なかなか燃えないことを示し、次に仕掛けのある角砂糖を持ち出し、マッチで火をつけて燃やしていました。仕掛けは、角砂糖にあらかじめタバコの灰を付けたものです。触媒の話の講義があったように思います。

45年の全天候日時計
 これはCdSを用いて、太陽光の追尾システムによる時間表示を行っていたように思いますが、記憶は他の件と比べてはっきりしていません。かなり難しそうな電子回路が出ていたように思います。

 また、番組では何度も同様の内容を繰り返して放送された例が有り、クリスマスキャンドルなどは、ろうそくを溶かしたものをクレヨンで色付けして、虹色のキャンドルなどを作っていたように思います。
 リニアモーターカーについては、私がもはや見なくなってしまった50年以前に、フェライト磁石のレールにガイドを付け、リニアカーのコイルに交番磁界を発生させて走行させていたことがありました。反発型のリニアモーターカーではなく、吸引型のリニアモーターカーだったように思います。磁石とリニアカーの滑り剤として、ベビーパウダーを用いていました。

 全体として、初期の「実験室」は小中学生の視聴者に自作が出来るように配慮したものではなく、科学技術についての紹介が多い物でした。番組が長期番組になり、次第に自作しやすいような配慮があったように思います。
 初期の番組は科学に好奇心の強い視聴者向けに作られており、同級生などもこの番組があることはほとんど知りませんでした。当時は部活なども行っていなかったことから、比較的に良く見ていましたが、運動クラブなどをしていた友人は、この番組は全く知らないといっていました。
 
以上、参考まで。他に思い出したものがあれば、追加情報を連絡します。
| 中尾 | 2006/07/09 5:22 PM |
中尾さん・コメントありがとうございます。
番組初期は,コメントで触れておられるNHK出版「たのしい実験室 廚任およその内容は把握できていましたが,昭和45年ころの情報は乏しい状況でした。貴重な情報提供感謝いたします。
私の上の世代の方々に話を聞くと,当時はテレビの普及はそれなりに進んでいたようですが,番組の存在は意外と知られていないようですね。

アシスタントについては長らく気にはなっていたものの,全く手がかりがありませんでした。お名前は「渡辺ふみ子」さんとの事・ご教示ありがとうございます。さっそく調べてみようと思います。新宿の歩行者天国でジャイロ自転車を走らせていた場面は私もうっすらと記憶があります。

当時は部品などの調達も難しかったですが,それが逆に興味をかきたてていた側面もあるかもしれません。現在の理科離れは,技術がある程度成熟ししかも情報に満ち溢れていることが原因のひとつにも思えます。
| Nishi | 2006/07/09 8:58 AM |
「みんなの科学」は良く見ていた番組でした。小学6年ぐらいから中学3年ぐらい(昭和41年から昭和45年くらい)まで、毎週木曜日の「たのしい実験室」が一番好きな番組でした。高校に入ると、帰りが遅くなり、ほとんど見られなかったように思います。しかし、昭和54年までやっていたとは知りませんでした。
貴ページで情報を求めていたもので、微かに覚えている内容としては、以下のような内容であったと記憶しています。
●銅板表札:銅板をエポキシ板に貼り合わせたものに、油性マジックインキで名前を書いて、塩化第二鉄溶液で余分な銅を溶かして作っていました。プリント基板のエッチング法の応用です。銅のさび防止に、ニスを塗ったり、半田を付けて立体的にしたものを作っていました。
●アルコールボート:これは、プラスチックの舟を土台に、小さなケースにアルコール溶液(番組では、ジンやウイスキーなどを使用していました)をいれ、ケースから細い管を通してアルコール溶液が少しづつ水中に出てゆくときの液体濃度差と拡散力を応用して推進力を得ていました。通常の樟脳ボートが樟脳の拡散が水面一杯になると作動しなくなることと比較して、アルコールボートは濃度差の推進力を使用しているためいつまでも動くとの内容でした。
●分解写真:これは、カメラレンズの前で回転円盤にスリットを付けたものを高速回転させながら、スローシャッターで動体写真を撮っていました。スリットの回転により、動体の移動分だけフィルムに光が通らないため、連続分解写真を取れるようにしたものです。
●結晶を作る:これはホウ酸や硫酸銅などの溶液から結晶を作っていたように思います。
●ジャイロ自転車:前輪をジャイロコマを利用して、後輪を小型モーターで回転させて、自走式にしていました。番組のアシスタントをしていた渡辺ふみ子(?)さんとかが新宿の歩行者天国(古い詞句です)に持ち込んで、子供たちと遊んでいました。ちなみに、当時小学生から中学生になったころで、渡辺さんのファンでした。
●年賀状シリーズ:これは年末になると恒例でやっていました。シルクスクリーンやこんにゃく版の印刷方法などだったと思います。できたての画材を用いずに、絹布にニスか何かで目貼りを行い、スクリーンの原版を作っていたように思います。これは安田さんがやっていたように記憶しています。
●七宝焼き:これは色ガラスを砕いた粉を色々と集めて、銅板に載せて電気炉で焼いて作っていました。
このほかにも色々と興味のあるテーマでしたが、特に電気回路関係のテーマは好きでしたが、何しろ田舎に住んでいてトランジスタ一つも買えない状況であり、回路図まで書き取ってませんでした。何しろ1,2分ですぐに画面が変ってしまい、書き取るほどの時間はありません。当時はフォトトランジスタやサイリスタなどを使った工作が特に魅力的でした。実験グループの安田さんがいつも電気回路設計担当であり、たのしい工作を色々と見せてもらいました。安田さんは、教育TVの物理や化学の講座でもアシスタントをしていたように思います。
その後、昭和44年ごろだったか、NHK出版から「たのしい実験室 廚出ていたものを買ったのですが、とうの昔に捨てたように思います(おしいことをしました)。またその後△でないかとずーと書店周りをしましたが、結局ヾだけで出版はおこなわれなかったかと思います。NHK出版は復刊してほしい本ですね。
| 中尾 稔 | 2006/07/08 12:54 AM |









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